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コミュニケーション

『勇気を持ってハッキリと』

ペンネーム : モモ

 ある休日のこと。妻は朝から台所仕事に精を出していた。というのも、今日は昼から上役宅でのホームパーティーにお招きいただいており、中華サラダを持参することになっていたからだ。そのためにしばらく前から、デパ地下の中華サラダをあちこち見に行ったり、どの春雨が良いか数種類で試作するほど心を砕いてくれていたのだった。

 やがて妻が「ちょっと味見をしてもらえますか?」と言ってきた。舌に自信があるわけではなく『私で役に立つかなぁ』と思いながらも、ひと口味わってみた。普段あまりはっきりしたことを言わない私だけれど、今回は曖昧な意見ではうれしくないだろうと思ったので、「春雨の歯触りはちょうど良いけど、すこしドレッシングが辛いと思う」と感じたままをハッキリ言ってみた。そこから、ドレッシングの味を調整し「今度は酸味がきつい感じ」「もうちょいかな」など、ああだこうだと言いつつも最終的には「これでまろやかになったね!」と意見が一致して、サラダが完成した。

 自分には、ものを言う前に『これで正解かな』と考えてしまう癖があるように思う。今回は味覚という、特に自信のない分野でもあり、正解かどうかはまったく分からなかった。しかし、妻のそれまでの一生懸命な取り組みを見ていただけに、感想を口にする瞬間は祈るような気持ちだった。テレビで見る食通のようなコメントは無理だったけれど、あれこれ言いながら、自分たち夫婦なりの作品を一緒に作り上げることができたようで、うれしかった。曖昧にお茶を濁してしまうのではなく、相手のために祈り心を持ってハッキリ表現すると、そこから何かが生まれるということを感じることができた出来事だった。

 


『思いはいろいろ』

ペンネーム : Lungo

 朝、別の部署から物品貸し出しの依頼があり、午後3時ごろ取りに来ることとなりました。その依頼を受けて私の部署では、「○○はどこにありますか」「確か××倉庫でしょう」「▽個はあるはずです」と、リズムよく話が進んでいきます。ところが…。

 「先に中身を確かめておいたほうがいいんじゃないかな」「今から倉庫に確認に行きましょう」と言う人もいれば「今している仕事が先だからそれが終わってからにしてほしい」「3時なんだから、その前に準備すればいいんじゃないか」さらには「こういうことは前日までに言ってほしかった」などという人も出てきて、話が進まなくなってしまいました。

 皆の話を聞いて、以前ある先輩から「人それぞれに思いの中心が違う」と教えてもらったことを思い出しました。それはつまり、今している仕事に思いの中心があるか、相手を待たせることなく渡すことに思いがあるかということです。

 この時は皆の意見に気持ちを合わせて先に仕事を片付けることにしました。

 しばらくして「もう2時ですね~」とちょっと声をかけてみました。「そろそろ確認をしませんか…」「それでは準備しましょう」ということになり、仕事を中断して倉庫へ行きました。

 数を確認して梱包し、玄関まで運んだところにタイミングよく先方が来られ、一同笑顔でお迎えし、気持ちよくお渡しすることができたのです。

 最後にみんなの思いがちょうどよいところに納まって、めでたしめでたしと相成りました。

 


『海辺の思い出』

ペンネーム : つぐみ

 夫の母は、昔から自他共に認める元気が取り柄の陽気な“大阪のおばちゃん”。それにも増してとても負けず嫌いときているので、ちょっとでも年寄り扱いしてしまうともう大変。

 昨年の夏、その母を誘って和歌山までドライブに出かけた時のこと。

 海岸線を走って、千畳敷と呼ばれている有名な観光スポットにたどり着いた。あまりにも美しい景色に母はたいへんな喜びようで、夫の手にするカメラに向かって大はしゃぎ。「海辺まで降りて行ってみたいわ?!」と言い出したかと思うと、あっという間に靴を脱いで裸足になってしまった。

 「おいおい、おふくろ~、ここから先は足場が不安定だから危ないよ。滑ったら大変だからやめておけよ~」という夫の言葉に、母の顔色が変わってしまった。また年寄り扱いされたと感じたようでとても悲しそうな顔になった。

 うわぁ~気まずいなあ~。こんな時、嫁の私は……???

 そうだ!!とひらめいて、「お母さん!手をつないで一緒に行きましょうよ~」と声をかけてみた。すると夫が、「それならばお手を拝借~」とおもしろおかしく母の手を取ったものだから、あっという間にすっかり和み、おかげで仲良く歩き出すことができた。

 波打ち際にたどり着くや、母はチャプチャプと片足ずつ海につけ始めた。

 「一度でいいから、こうして海に足をつけてみたかった。ここまで連れて来てくれてありがとう、ありがとうね~!!」とつぶやくと、しみじみと語りだした。街中でしか暮らしたことのない母は、生まれてこのかた海に入ったことなどなかったらしい。そんなこととはつゆ知らず、危うくもう少しで母の喜びを奪い取ってしまうところだった。きっとまだまだ他にもいっぱいあるんだろうなあ、やってみたいことって!と、母の気持ちに思いをはせながら、一つでも多く願いをかなえてあげたいと思ったことだった。

 


『願い叶え時』

ペンネーム : 鉢かつぎ

 台所で、カブの葉とそのつぼみを水に挿して、花が咲くのを心待ちにしていたが、全く咲く気配が無い。やっぱり無理かと諦めて、捨てようとつまみ上げると、なんと葉の茎から白いヒゲのような根が長く幾筋も伸びている。小さな陶器の底をたくましくはっていたのだ。

 知人の家庭菜園から我が家へやってきたカブの中で一つだけ、周囲の葉に守られている柔らかな花茎が小さなつぼみをつけていた。ひょっとしたら咲くかもしれないと、カブをおいしくいただいた後、水に挿していた。ところが期待もむなしく、つぼみはそのままドライフラワーになりかかっている。まさか、見えていないところがこんな事態になっていたとは……植物は生き物なのだと改めて気付いた。

 よくよく見れば、別の新種の野菜かと見まがう濃い緑色の葉。家に来た時より断然元気そうだ。おまけにカブの頭にくっついていた時と違い、わずか1週間で白ヒゲをたくわえ、いきいきと成長していた。生ゴミで捨てるには忍びない。しばらくの間、このパワフルな緑を観賞しようと思い直した。

 私の心境の変化を感じ取ったのかどうかは分からないが、その後さらに成長と変化を遂げて、葉と茎の付け根に新しいつぼみをいくつもつけたのだ。ワクワクしながら水を取り替えた甲斐あって、日に日に色付き、台所の流し育ちの菜の花が黄色に輝き出した。水道水と窓越しの陽の光だけで育ったつぼみはみごとに開き、咲き誇った。

 自分の思い込みで「やっぱり無理」などと見切りをつけず、今はまだ見えていない可能性を信じ続けよう。誰にでも、どんなことにも。意外なところにつぼみをつけて花を咲かせるかもしれません。