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楽しむ力

心を添わせて

ペンネーム : スイトピー

 私はもともと家庭的なことが苦手で、特に子供が産まれて育児をしなくてはいけなくなった時は、どうしていいか分からないことばかりで、大げさに言えば育児ノイローゼ気味だったのかもしれない。夫は私の悩みを懸命に聞いてくれたが、たぶん私以上に育児が苦手そうだったので、相談して意見を求めるということをしてこなかったように思う。

 二番目の子供を授かり、出産する場所のことで実家の母と姑の意見が違っていて、主人にも悩みを打ち明けられずにいた時のこと。ある先輩が「そのことをご主人は何て言っているの? こんな時はご主人の気持ちに添ってみると、だいたい良いことになるみたいよ」と言われて、一人悩んでいた私はとてもびっくりした。「そうなのか、夫の気持ちを聞いて、添ってみたらいいんだ」と思った途端に、心が軽くなったことを覚えている。

 それからの日々、悩みを聞いてもらうだけでなく、とにかくどう思っているのかと夫の気持ちを聞かせてもらっている。ときには「知らない」「わからない」というそっけない答えが返ってくることもある。それでも、夫がどう思っているかを妻である私が知っていることで、夫婦の気持ちが一つになりやすい。夫に心を合わせていくと、何だかとてもうれしい、幸せな気分になる。そして、結局いいことになっていく……。

 


幅を持たせて

ペンネーム : 鉢かつぎ

 夕刻に近所で会合があるから行ってくる、と連れ合いが言う。「何時に?」と聞くと「6時ぐらい」との返事。時計を見ると既に6時を回っている。家のドアを開けて10分で到着、と見積もっても大遅刻。それでも急ぐでもなくのん気に雑誌をめくり、テレビに目をやりながら相変わらずマイペース。間に合うか間に合わないかは成行き任せ。

大らかに育った連れ合いの時間感覚は、いつも時間を気にしてばかりいる私の許容範囲をはるかに超えている。これはもう立派な時差だ。一つ屋根の下で時差が生じるという由々しき事態。超幅のある時間感覚と、この先どう折り合いをつけようか……。

 はじめは途方に暮れたものの、どちらかの感覚に無理に合わせようなどと思わずに、お互いにリスペクトするよう心掛けた。時間にとらわれ過ぎて大らかさを損なうことがないように、さらに必要に応じて時間に対しても積極的なリスペクトを忘れないように。

 家庭内時差の問題に向き合ったおかげで、当初より人間としての幅が広がったと自負しているが、見掛けの幅も随分広がったと連れ合いは言う。いや、まだこれは許容範囲。お腹周りと競うように、お互いの許容範囲も広がりつつある。夫婦間、愛あればこそである。これからも、いろんな意味の幅を日々更新していきたい……。


夫は山へ、妻は海へ

ペンネーム : くじら

 結婚して、最初は関東に住んだ私たちでしたが、休みの日に出かける場所について、おもしろい発見がありました。妻が行きたい場所は、鎌倉、三浦、江ノ島と海辺ばかり・・・・・・、私が行きたい場所は日光、軽井沢など山の中ばかり……。正直、妻はなぜ海の方ばかり行きたがるのか……と思っていました。もちろん、そんなことではケンカにならず、今回は鎌倉へ、次回は日光へと代わる代わる出かけていました。そんなある日、夫婦間の違いを理解するためには、育った環境の違いを理解することが重要だ、という話を聞きました。山で育った人は海に憧れ、海で育った人は山に憧れることがあるのだそうです。なるほど、そうだったのか……と目からうろこのような気分でした。

 妻は北海道の富良野出身、北海道のど真ん中、山の中で育ってきました。私はというと、父が転勤族で、小さいときは銚子、高松、神戸、新潟、長崎と港で有名な都市を転々としていました。その環境の違いから、私はどちらかというと山に行きたい、妻はどちらかというと海に行きたい、そんな夫婦になっていました。

 先日温泉に行こうと思い立ちましたが、関西に住んでいる今、私がすぐ思い浮かべたのは山の中の有馬温泉。妻は海沿いの南紀白浜温泉。生まれも育ちも違って当たり前、好みも行きたい場所も違って当たり前、そんなお互いの積み重ねを全て受け入れ、理解していくのが夫婦間の愛なのだな、とつくづく思いました。


似た者同士

ペンネーム : 笑う犬

 結婚して16年、最近自分のちょっとした言葉で妻の気分を害してしまうことがよくある。

 お互いに少しずつ、外見に変化が見られるようになってきた。夜、 通販番組を見ていると「一日◯分、簡単なエクササイズで、 腰回りや足をシェイプアップ!」なんて番組が放送され、横にいる妻を見て「がんばったら」とついひとこと言ってしまう。 励ましているつもりが、妻はひどく傷ついている様子。 私の言葉で責められている気分になるという。そんなつもりは全くないのだが、理解してもらえない。

 ふと、言い方を工夫するのが優しさなのではないかと気付くが、それがなかなか難しい。いつでも許してくれるだろう、とつい甘えてしまう。でも、この先も人生を一緒に歩むのだから、もっと喜ばれる表現をするべきだと思ったが、これもうまく行かない。

 そんな中で、大きな失敗をしてしまった。その日は朝から晩まで息をつく暇もなく、仕事を終えて、ようやく家にたどり着いたところだった。妻に「今夜は◯◯の当番日ですよ」と言われるが、頭が痛いので「今日は止めておくよ」と答えた。しなければならない用事があるのは分かっていたのだが、どうも体調がすぐれない。すると、単純にサボリだと思ったらしく「さぼらないでくださいね」と返される。その言葉尻に、自分がとがめられているように感じ、「夫の気分が分からない妻だな」とムッとした。

 しばらく何も答えずにいると、何度も何度も同じように言ってくる。そして5、6回言われた時に「ブチッ」と堪忍袋の緒が切れてしまった。そこからの私の表情と態度は言うまでもなく……。私はその用事を済ませるために、それでも「一緒についていきましょうか」と声を掛けてくれた妻を無視するように、家を出て行った。

 似た者同士の夫婦なのだろう。お互いが同じような失敗を繰り返してきた。そして今は、感情的になりそうな時は、ほんのちょっとでいいから心を妻に向けて、妻の言葉の裏に隠れた「ほんとうの気持ち」を感じてみようと努力している。すると、当たり前だけれど、妻の優しさに気付くことが増えてきている。