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コミュニケーション

S君 ありがとう

ペンネーム : うなぎいぬ

 受け持ちのクラスの中に、宿題を絶対にしてこない、小柄な体格のS君という子がいた。顔を洗っている気配がなく、いつも同じ服で、クラスの子からは「くさい!」と嫌われていた。が、学級委員長だけはいつも登下校が一緒だった。ある日、委員長が「S君のこと、くさいってみんな嫌ってるけど、家に猫が20匹くらいいて、ほんとはとっても優しいんだよ」と教えてくれた。

 S君の自宅に行ってみた。家中猫だらけで、足の踏み場もなく、決してきれいだとはいえない家だった。宿題をしてこないことをご両親に話したところ「家では勉強するな!と言ってあります。猫の世話をするよう言ってあります」と門前払い。猫と遊んでいるS君はとっても楽しそうで、学校では見たことのない顔だった。

 このことがきっかけで、休み時間などにS君とよく話をするようになった。「勉強が嫌いなの?」「ううん、お父さんがするな!って言うから」「それはお家でしょ、学校ならいいんじゃないの?」と言ったら「そうか、学校ではしてもいいんだ!」とニコッと笑った。それから、放課後には少しずつ先生とS君との一対一の勉強が始まった。 委員長が「いいなぁ、僕もやりたいなぁ」と言ってきた。気が付けば、S君の回りには友達が何人も集まってきて、一緒に勉強をしていた。

 ある時、S君が漢字のテストで100点を取った。飛び上がって喜んだ。友達も大喜び!翌日、S君のお父さんが学校に来て「昨日、息子が『お父さん、100点取ったよー』と、飛びついてきたんです。『家で勉強するな』と言ってきて、すまなかったと思いました。先生ありがとうございます」と、頭を下げて帰っていった。

 小さい頃から人見知りのひどい私に、 「子供たちみんなには、いいところがあるんだよ!いいところを探さないとね!」と祖母が口癖のように言っていた。S君を見た時、“ 私、 この子苦手かも!?” と、教育者なのに瞬時に思ってしまった。本当に申し訳ない。 “ 苦手かも……”と思うだけでも、相手を決め付けているのかもしれない!子供たちのいいところを探そう!自分の視点を変えて、あの手この手で子供たちとお付き合いさせていただこう、と最近やっと思えるようになってきた。そう考えると、心が動いて何だかわくわくする!

 


友とより深く

ペンネーム : 美猿

 同窓会で奈良の明日香を訪れました。今まで何度となく行っている所ですが、今回のように楽しく巡ったのは初めてでした 。案内役のエミちゃんは、いつの間に“歴女”に なったのでしょう。天武陵や橘寺などのことを熱く語ってくれました。宝塚歌劇が大好きで、特にお目当ての男役スターの演じた時代がせりふとともに頭に入っているのだそうです。 エミちゃんがそもそも歴女となったきっかけを、聞いてみました。

 当時、全寮制の中高一貫校に通っていた私たち。夏休み明けの寮に戻る車中で、エミちゃんは寮に帰りたくないと泣いたそうです。その時彼女のお母さんは、飛鳥時代に謀反の意ありと捕らえられて自害し、二上山に葬られた大津皇子のお話をしてくれたそうです。そのお話がよほど心に染みたのでしょう。それからの6年間、エミちゃんは二上山を仰ぎ見ながら寮生活を送り、無事に卒業することができました。

 卒業から三十数年、それぞれに楽しいことも苦しいことも受け入れてきた仲間たちは、さらに進化しているので、彼女たちから得るものは少なくありません。心やさしく温かな友に恵まれていることに、感謝するこのごろです。

 


共通点を発見して

ペンネーム : スイートピー

 近所に住むPさんとは、私が引っ越してきて二年後くらいに一緒に町内会役員をし たことからお付き合いが始まった。Pさんは、こちらの都合や意見を聞かずに町内会でのことをどんどん進めていくので、強引で苦手な人だなあと思っていた。だから、その頃は 当たり障りのない雰囲気でのご近所付き合いだった。

 何年か経って、Pさんも私も同じ時期に偶然に短歌の勉強を始めていたことが分かった。また主人もゴルフを始めてからは、ゴルフが上手なPさんのご主人に教えていただきながら一緒にゴルフに行くようになった。

 やがて、夫たちの提案で、短歌作りに苦戦している私たちを連れて、作歌の素材探しにいろんな行楽地に出かけるようになった。Pさんは、私たち夫婦の好みを察して飲み物やおやつの準備をしてくれたり、お酒を飲まないということで、運転手を買って出てくれた。またPさんと親しく話をするようになると、人情家でいろんな友達のために走り回り、心遣いのできる行動派女性だということがだんだん分かってきた。多少の強引さもPさんらしさと納得できて、彼女とのお付き合いが、が然楽しいものになった。

 特に都会では、近所付き合いも当たり障りなくするのが普通かもしれないが、それは寂しいこと。どこで心温まるような出会いがあるかもしれず、それならば、知り合った人とは互いの違う点よりも共通点に目を向けてみる。趣味でも、生き方や考え方でも、共通点を見つけると、単なる付き合いが深いお付き合いになって、かけがいのない親友になったりするかもしれない。そういう中で、自他祝福の「我もよし人もよし」の在り方ができたら、人生は格段と楽しくなっていくことだろう!

 


ようこそクッタクちゃん

ペンネーム : 鉢かつぎ

 他と折り合いをつける以前に、自分と折り合いがつかずに困ってしまうことがある。自他共に認める面倒な性格の自分自身との付き合いは、甘くはない。そんな中でも『クッタクちゃん』は、取扱要注意の最強ネガティブキャラクターだ。

 ままならない現実を目の前にして、すぐに屈託し、気持ちがへこんで戻らない時、息を潜めて音も無く背後に忍び寄る黒い影。封印していたクッタクちゃんが 目を覚ます(※これはホラーではありません)。ただの心配性根暗キャラと違い、一度現われるとそう簡単に引き下がってはくれない。“気持ち切り替え”作戦を決行しても、過去のクヨクヨ時代の記憶に引き戻されて、すっかりクッタクちゃんにのりうつられた自分がいる(※決してホラーではありません)。

 いつからクッタクちゃんと共に歩むようになったのか、気が付けばいつも一緒。絶交したくてもできないし、無視してもくっ付いてくるし、時々、どっちが主体なのか分からなくなってしまう……っていうか自分自身だし……ん?ひょっとしてワタシはどっち?!(※やっぱりホラーかも)。

 こんな付き合い難いクッタクちゃんと、もう随分長い付き合いになる。それはほかでもない、自分自身と向き合うことだった。もちろんこれからも向き合い続けることにやぶさかではない。いつか屈託のない笑顔で折り合えるその日まで、よろしくねっ、クッタクちゃん!